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2013年01月01日

71年前にタイムスリップ

 あけましておめでとうございます。旧年中は格別のお引き立てを賜り、厚く御礼申し上げます。
本年も相変わらぬご愛顧の程、お願い申し上げます。
 
 ここ2年間、年明け最初の投稿は2月になってからでしたので、1月、しかも元日の投稿は3年ぶりになります。この歳になると元旦の行動はパターン化して、例年と同じく地元の神社とお寺にお参りに行って来ました。

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 先ず最初に訪れたのが香取神社です。この辺りの"部落"にある神社の名前は、どこへ行っても「香取神社」です。大泊、上間久里、下間久里、平方、船渡、さらに大澤、みんな香取神社です。
 
 埼玉の神社(埼玉県神社庁)
 
 かつてこの辺りは、下総の国一之宮 香取神宮の影響下にあったためと思います。区別がつかないので、ここでは大泊香取神社としておきます。
 
  大泊香取神社
大泊香取神社
 
 今日は正月なので「のぼり」が立っていました。正月と3月、6月の祭礼には、「香取大神」と書かれた「のぼり」が立てられます。

 
 次に大泊の「下」(しも)にある「大泊観音堂」に行きました。大泊は「上」(かみ)と「下」(しも)、いわゆる「上組」と「下組」に分かれています。旧日光街道を上間久里(現在は千間台東)の辺りで横道に入り、念仏橋を渡ると大泊です。日光街道に近い方から「上」、「下」になっています。
 
 ちなみに念仏橋通りをそのまま、大泊の「下」の先まで進むと「船渡」に至りますが、船渡も「上組」、「下組」に分かれています。(大泊と同じく日光街道に近い方から「上」、「下」の順です)
 
 この念仏橋通りをさらに進むと、県道平方東京線と名称を変え、やがて古利根川に沿って進んだ後、キャンベルタウン近くで越谷野田線を経由して増林へと至ります。越谷北部と東部を循環する大動脈です。
 
 話が横道にそれました(洒落ではありません)が、大泊観音堂です。
 
  大泊観音堂
大泊観音堂
 
 大泊観音堂。我々地元の人間は昔から「観音様」と呼んでいます。12年に1回、「お開帳」が催されます。来年が、お開帳の年に当たります。

 
 大泊観音堂の拝殿に上がって、ご本尊に向かって右側に旧い絵馬が掲げられています。「大泊観音堂の縁日風景絵馬」です。
 
  大泊観音堂の「縁日風景絵馬」
大泊観音堂の縁日風景絵馬
 
 明治から大正にかけての観音堂縁日の賑わいを画いたものだそうです。越谷市の「民俗文化財」「有形民俗文化財」に指定されています。

 
  越谷市指定 民俗文化財「縁日風景絵馬」の説明(越谷市教育委員会)
越谷市指定 民俗文化財「縁日風景絵馬」の説明
 
 越谷市教育委員会による「観音堂の縁日風景絵馬」の説明板。「越谷市指定 民俗文化財 有形民俗文化財」

 
 拝殿内部には何枚かの写真が飾られています。過去に催された「お開帳」(千手観世音開帳)の際に撮影された記念写真の様です。
 
  千手観世音開帳記念写真(昭和41年4月)
大泊観音堂に飾られた千手観世音開帳(昭和41年4月)の記念写真
 
 「千手観世音開帳記念 大泊消防団 昭和41年4月17日撮影」とあります。47年前、今から4回前の「お開帳」になります。この時、私は小学校4年生でした。私たち大泊の子供だけ、学校を半日で帰ることが出来たことで優越感に浸ったことを憶えています。

 
  千手観世音開帳記念写真(昭和17年4月)
大泊観音堂に飾られた千手観世音開帳(昭和17年4月)の記念写真
 
 こちらも「お開帳」の記念写真の様です。先ほどの写真よりもさらに旧く、昭和17年4月とあります。今から6回前、還暦どころか、71年も前のものです。ちょうど私たちの国が真珠湾攻撃で太平洋戦争を開戦して4ヶ月、マニラ、シンガポールと負け知らずに国民が酔っていた時期です。
 
 表情を見ると非常に若いので、やはり警防団(戦前における消防団の呼称)か青年団ではないかと思います。10年以上も戦争状態が続き、この後、さらに戦況が悪化する時代、私たちの大先輩はどんなことを思っていたのかと考えを巡らせます。
 
 71年前、一瞬、遠い時間の様に思えます。しかし、私にとって初めての「お開帳」が催された昭和41年を基準に考えると、「その前」の時間よりも、「その後」の方が遥かに永い時間が経過しました。しばし、71年前にタイムスリップした歳の初めの「ひととき」でした。

 
 最後に、安國寺を訪れました。
 
 浄土宗 安國寺です。「埼玉県神社庁」調査によると、
当地「大泊」の地名は、浄土宗 安國寺を開山したと伝わる誠誉専故が故郷の紀伊熊野 大泊から名付けたと伝わるとのことです。(一説には、かつて当地は「会の川」の渡し場で湊町として賑わったことから「大泊」と称されたともいわれる、とのことです。)
 
  浄土宗 安國寺
浄土宗 安國寺

 
 
 安國寺門前の「念仏橋通り」です。大晦日から、たった一夜、明けただけで、何も変わっていない筈なのに、どこか神聖な気持ちになります。
浄土宗安國寺前の念仏橋通り

 
 この年も皆様にとって実りのある一年でありますよう、お祈り申し上げます。
 
 
--- 関連情報 ---
(1) 初詣 2006年01月01日 IT屋もりたの今時パソコン日記
(2) あけましておめでとうございます 2007年01月01日 IT屋もりたの今時パソコン日記
(3) 初詣のはしご 2008年01月01日 IT屋もりたの今時パソコン日記
(4) 2009年あけましておめでとうございます 2009年01月01日 IT屋もりたの今時パソコン日記
(5) 2010年あけましておめでとうございます 2010年01月01日 IT屋もりたの今時パソコン日記

投稿者 もりた : 2013年01月01日 20:51 このエントリーを含むはてなブックマーク この記事をクリップ!

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