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2011年06月21日

#genpatsu この2日間、テレビのニュースはどうなってしまったのか?

 福島第1原発の現状が、逼迫した状況にあるようだ。確か18日(土)深夜か19日(日)未明のNHKラジオ第1のニュースだった。福島第1原発敷地内に溜めてある高濃度汚染水が、まもなく、あと1週間程度で限度を超えようとしている。このままでは、再び汚染水が海に漏れ出す危険性があるというものだった。
 
 一方でこの事態を回避するために、汚染水を浄化して再び冷却に用いる循環システム、いわゆる浄化システムを一刻も早く稼動させる様、急いでいるとも伝えていた。(同じニュースの時間に聞いたのか、その後別のニュースで知ったのか忘れた)
 
 
 私自身、昨年初頭の小沢氏に対する報道以来、テレビのニュースはほとんど見ないようになっている。そのため、テレビのニュースが福島原発の逼迫した状況を、どの程度伝えているか正確にはわからない。しかし、家族との食事の際に両親が見ているNHK総合テレビのニュースなどを見る限り、昨日から今日にかけて、このニュースには触れられていない気がする。
 
 水蒸気の異常な圧力を下げるために、2号炉の扉を開けたとか、浄化システムが間もなく稼動する、稼動したが5時間でダウンした・・・。少なくとも、今夜9時のNHK総合テレビと22時からのテレビ朝日の報道ステーションでは、トップは九州、四国地方での豪雨についてのニュースであった。

 
 九州・四国の集中豪雨がトップに伝えるべきニュースであることは当然である。実際には両テレビ局のニュースを最後まで見ていないのでわからないが、福島原発の高濃度汚染水の漏出が逼迫した状況であることや、浄化システムダウンの原因調査の経過などについても、一応、取り上げられた様だ。しかし、両番組とも時間を延長してまで、この件を伝えてはいない様だ。それほど、危機的状況とは判断していないのか。
 
 大震災直後とまではいかないが、余震が続いていた時、あるいは水素爆発によって福島第1原発に危機的状況が発生したと多くの人が知った時と比べて、さほど差し迫った事柄ではないということか。残念ながら私の危機感とは、大きな乖離がある。
 
 
 今が、まさに、危機的状況の真っ只中である。地震発生から数時間、ないし数十時間以内に、1号機・2号機・3号機で順次発生していたと思われるメルトダウンや、爆発に伴う大量の放射線の大気への放出、汚染水の海への放出。いずれも後になってから、あの時はこうだったということが伝わる。テレビ局や新聞の記者は、何故、東京電力や政府の担当者に、今、何が起きているか、しつこく聞こうとしないのだろう。
 
 あるいは、聞いているが答えてくれないのか。考えたくはないが、東電の人も本当のところ何が起きているか、分っていないことが多いのかもしれない。それはそれで、ありのままに答えて欲しい。そして、質問も答えも、なるべく一言一句、詳細に伝えて欲しい。(このエントリーでは"報じる"という言葉は使わず、"伝える"という言葉を用いている。意図してのことである。)
 
 
 私が、この件、すなわち福島第1原発敷地内で毎日500トンずつ発生する高濃度汚染水の貯蔵容量が、まもなく限度を超えるということを、初めて知ったのは、約3週間前である。特別なニュースソースからではない。先ほどと同じくNHKラジオ第1の深夜ニュースだった。5月29日(日)深夜から30日(月)未明にかけてと記憶している。(NHKラジオ第1の深夜ニュースでは、テレビでは伝えない、本質的なニュースを時々伝えるので、目が離せない。ではなく、ラジオから耳を離せない。)
 
 しかし、この時も、その後、数日間のテレビ・新聞は、菅首相に対する不信任案採決のニュースで占められてしまって、汚染水流出の危険が逼迫した状況であることは、陰を潜めてしまった。不信任案が否決で終わった翌6月3日(金)東電は、高濃度汚染水が既に10万トンを超え、再び外部に漏れ出す可能性があることを発表した。この時は20日にも漏出の恐れと言っていた。(2011年6月4日(土)付東京新聞3面による。) 20日といえば、既に昨日である。上でも述べたように今は、あと1週間(で漏出)と言っている。
  
 
 その1週間前もそうである。5月23日(月)から5月27日(金)までの1週間、テレビ・新聞は、事故発生直後の「海水注入中断」問題に終始し、視聴者に様々雑多な事柄を伝えることをしなかった。「海水注入中断」問題は、主に衆議院東日本大震災復興特別委員会で議論が行なわれたわけだが、復興とは逆の後ろ向きの議論に多くの時間を割かれた。
 
 もちろん、この委員会の本来の目的である復興に向けた前向きの議論もあったとは思う。しかし、そうでないことに大半の時間を費やしてしまった。その責任は先ず国会議員にあることは承知している。だが、1つの事柄にのみ多くの放送時間を割いたテレビ局にも、テレビ局としての責任はないのだろうか?
 
 
 テレビ局、時には新聞に対する批判(責任追及)の記事ばかり書いていると、嫌になってくることがある。報道機関、まさに機能を果たす道具としての機関として、テレビ局や新聞社の批判ばかりしている、私たち、私自身はどうなのだろうか。私たち自身の今後の進むべき方向、必ずしも国家とはとか、大きな事柄だけでなく、日々の生活に直接関係する大事な方針を決める時の、根拠となる情報入手ルートとして、テレビ・新聞のみに大きく依存することは、止(や)めようではないか。
 
 私自身は、すでに、ここ数年来、徐々にそういう方向に転換しつつある。しかし、家族や周囲の人を巻き込んでまで、そういう行動は起こしていない。このまま何もせずにいたら、本当に私たち、私自身の生命、生物学的・社会的・経済的いずれの意味においても、が危険にさらされてしまう。震災から10日後のエントリーで書いた「覚悟を決める」ということは、そういう意味です。
 
 "2.覚悟を決めて、真実を聞く(知る)勇気を持つこと。・・・「難しいことは自分にはわからないから、結論だけ教えてくれればいい」と言いながら、何か問題があると政府や東電の対応のせいにする、それではダメだと思います。"(IT屋もりたの今時パソコン日記 2011年03月21日「非被災地に住む私がなすべきこと」より)
 
 
 今起きている最も肝心なことを伝えないテレビや新聞を批判することにエネルギーを費やしていては、時を逸してしまう。自らの責任と覚悟で、自分のみならず周囲の人に、逼りつつある危機を伝えたい。
 
 
--- 関連情報 ---
(1) マス・メディアのチェックは誰が行なうのか 2007年10月26日 IT屋もりたの今時パソコン日記
(2) 小沢氏の政治資金に関する新聞・テレビの報道に感じる異常性(1)報道は違法性の所在を明らかにしていない 2010年01月12日 IT屋もりたの今時パソコン日記
(3) 非被災地に住む私がなすべきこと 2011年03月21日 IT屋もりたの今時パソコン日記

投稿者 もりた : 2011年06月21日 00:10 このエントリーを含むはてなブックマーク この記事をクリップ!

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