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2011年04月17日

#jishin 宮城県山元町女性消防隊の思い出

 宮城県亘理郡山元町、この地名で思い出すのが2年前の10月のことです。横浜市で催された第19回全国女性消防操法大会に、埼玉県代表としてわが越谷市女性消防隊「さくら」が出場しました。我々男性消防隊員も早朝から応援に駆けつけました。
 
  初出場で全国4位入賞、越谷市女性消防隊「さくら」(IT屋もりたの今時パソコン日記)
 
  ・先日の全国大会における越谷市女性消防隊の活躍を再び(IT屋もりたの今時パソコン日記)

 
 
 競技が終わり、わがチームが47都道府県中4位に相当する優秀賞を受賞することが確定しました。あらためて選手・応援団ともども喜びに浸り、記念撮影をしていた時、隣にいらっしゃったのが宮城県代表の山元町女性消防隊のみなさんでした。

 この時、山元町女性消防隊の方々は、優良賞だったのですね。今、知りました。
 
  第19回全国女性消防操法大会成績順位表(財団法人 日本消防協会ホームページ)


 に山元の印の入った刺子(半纏)を着ていたのが、山元町応援団の男性消防団員さんたちでした。午前中に会場入りした時から、「山元」という文字がずいぶん目立つなと思っていました。宮城県代表であることを知り、その時から私の中に、宮城県山元町という町名が印象に残っています。

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投稿者 もりた : 19:10 | 日記 | コメント (0) | トラックバック (0) このエントリーを含むはてなブックマーク この記事をクリップ!

2011年04月11日

多賀城の思い出(3)

 前々回と前回のエントリーの続き。3年前、プロ野球観戦を目的に仙台を旅した際、多賀城跡を見た思い出を綴っている。
 
  多賀城の思い出
 
  ・多賀城の思い出(2)

 
 
 さて、いよいよ多賀城跡(政庁跡)に近づく。



 政庁への階段を、ゆっくり登る

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投稿者 もりた : 21:19 | 日記 | コメント (0) | トラックバック (0) このエントリーを含むはてなブックマーク この記事をクリップ!

多賀城の思い出(2)

 前のエントリー(多賀城の思い出)の続き。3年前に多賀城跡を訪れた時の思い出の写真。
 
  多賀城の思い出(IT屋もりたの今時パソコン日記)
 


 JR国府多賀城駅から歩くこと10分足らずで、小高い丘の上り口が見えてきた。

 上ってみると、木々の間から四方が見渡せる。


 やや下った先に、屋根のある小屋と石碑が見えるので降りてみる。

 ← この中に「多賀城碑」が納められている。

 ← 「多賀城碑」の碑文、および解説

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投稿者 もりた : 21:18 | 日記 | コメント (0) | トラックバック (0) このエントリーを含むはてなブックマーク この記事をクリップ!

多賀城の思い出

 3年前(2008=平成20年)の5月、私はJR東北本線の国府多賀城のホームに降り立った。連休を利用してプロ野球・楽天の試合を観戦するため、1泊2日で仙台を訪れていた。前の晩のナイター(東北楽天 v.s. 福岡ソフトバンク)だけではもったいないので、翌日のデーゲームも見て帰ることにした。
 
  今日から仙台遠征!?(IT屋もりたの今時パソコン日記)
 
 
 試合開始までの午前中の時間が空いてしまったので、ホテルのパンフレットを見て、多賀城に行ってみることにした。元々、奈良に興味のあった私ですから、思いがけず仙台から20分程度の距離に「多賀城」があることを知って、選択に迷いは無かった。
 
 
 中学校の歴史でご存知のように、奈良時代以降、西の大宰府と並んで、東の多賀城は大和政権にとって、外敵から自国を守る重要(最重要)な拠点であった。


 仙台市内からJR東北線を使って移動すること20分あまりで、国府多賀城駅に着いた。橋上駅舎から眺める緑の田園風景を目にした時、やはり奈良(明日香)と共通するものを感じた。千数百年経った現在においても、当時の首都と国府の関係が続いていることを実感した瞬間であった。


 案内板で方角を確認し、さっそく多賀城に向かって歩くことにした。

 本当にどこにでもある素朴な農村風景と、普通の住宅街である。こんなところに、日本の歴史上、最重要なスポットである多賀城があるのだろうか?

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投稿者 もりた : 21:17 | 日記 | コメント (0) | トラックバック (0) このエントリーを含むはてなブックマーク この記事をクリップ!

2011年04月09日

「春」

 今週、関東地方は良い天気が続き気温も上昇し、「春」を通り越して「初夏」の陽気でした。、5日(火)の日は、久しぶりに東京に出かける用事があり、せんげん堀(新方川)沿いを駅に向かうと、すっかり春に様変わりしていました。
 
 桜はもちろん、道ばたや土手に色々な花々が競って咲いていました。
せんげん堀(新方川)沿いの桜並木せんげん堀(新方川)沿いの桜
せんげん堀(新方川)沿道に咲く白い小花せんげん堀(新方川)沿道の道ばたに咲く青い花

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投稿者 もりた : 13:34 | 日記 | コメント (0) | トラックバック (0) このエントリーを含むはてなブックマーク この記事をクリップ!

2011年04月04日

#ganbarojp #jishin #genpatsu 原発事故について(田原総一朗×孫正義 緊急対談)

 福島第一原発での事故について、原発(原子炉)の設計に携わった経験のある後藤氏と田中氏を交えて、孫正義氏と田原総一郎氏の対談がありました。ぜひ多くの方にご覧になっていただきたいと思います。
 
 そしてこれを見た人が、テレビや新聞しか情報源の無いご家族に、話していただきたいと思います。原発周辺、特に20キロ圏内で未だ避難できない人々、20キロから30キロ圏内で室内待機している人々の命を、原発から200キロ以上離れた私たちは見殺しにしていいのでしょうか。

 
 前のエントリーでも申したことですが、私たちは「覚悟を決めて、真実を聞く(知る)勇気を持つこと」が必要ではないかと思います。私自身、今回の事態が発生するまで、原発および原子力について、知識も興味・関心も持っていませんでした。むしろ原発は安全だと(何の根拠も無く)思っていました。
 
 Twitterなどでは、事故対応にあたっている東電や政府に対して批判的な書込みが散見されます。しかし、今回このような事故が引き起こされた大きな要因の一つとして、私を含め多くの人が原発に無関心であったことが重要な位置を占めているのではないかと思います。
 
  
 「難しいことは自分にはわからないから、結論だけ教えてくれればいい」と言いながら、何か問題があると政府や東電の対応のせいにする、それではダメだと思います。

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投稿者 もりた : 00:07 | 日記 | コメント (0) | トラックバック (0) このエントリーを含むはてなブックマーク この記事をクリップ!