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2011年02月09日

再掲:結婚しようよ (よしだたくろうとの出会い)

 約3ヶ月ぶりの更新となってしった。前回、北中(越谷市立北中学校)の同窓会の直前(前日)にエントリーして以来だ。翌日、参加者のひとり(馬子さん)から「森田君のブログを読んで感動している」というメールをもらい、「同窓会当日の様子もブログに書いてね」と頼まれたにも関わらず、ずっと気になったまま、今日まで来てしまった。
 
 今日、久々に私にとって、毎朝、重い綿布団を跳ね退けて起き上がるほど決断の要るペンを執ったのは、昨夜と今夜、文化放送の「音楽地球号」を聴いている時に流れた、中高生からのリクエストがキッカケである。昨夜は小椋佳の「俺たちの旅」、今夜はレミオロメンの「粉雪」。彼ら現役中高生にとって生まれる遥か昔の時代の選曲もさることながら、添えられたメッセージにインスパイアされてのことだ。曰く"これから離れ離れになる、クラスのみんなに贈る"
 
 私たちが中学生だった頃、クラスの仲間や同級生たちと、こんなに強い連帯感があっただろうか?!
 
 そういえば40年ほど前の寒いこの季節、私は何を考えどんな毎日を送っていたのだっけ?というところに思い至ったのが、3ヶ月もの永いブランクを経て、このエントリーを起こそうという気になった理由だ。奥さんも子供もいない私にとって、学校を中心とした季節感を感じることは日々ほとんど無い。しかし、じっと頭を静めて思い出すのは、馬子さんも言っていたが、あの頃たくろう(吉田拓郎)を聴き始め、以来ずっとたくろうファンであり続け、今に至っているということだ。
 
 
 とは言え、久々に永いエントリーを書くことは未だ困難だ。そこで、このテーマに関連して、3年前に書いた結婚しようよ (よしだたくろうとの出会い)というエントリーがあるので、ここに再掲することにする。
 
 
2008年01月25日
 
結婚しようよ (よしだたくろうとの出会い)
 今からちょうど36年前、昭和47(1972)年の今頃、ある歌声が町に流れていた。「僕の髪が~肩まで伸びて~」で始まる「結婚しようよ」という曲である。当時私は中学三年生で、高校受験を目前に控えていた。

 この歌を初めて耳にした時、「例の3人組が興奮してしゃべっていたのは、この人のことに違いない」と直感した。“例の3人組”とは、クラスの中でちょっと変わった言動、といっても他人に迷惑をかけるわけではない、をしていた3人のことである(以前の記事「朝の歌(フォークとの出会い)」を参照のこと)。今に至るまで私に最も大きな影響を与えた人物・吉田拓郎との、これが最初の出会いである。

 

 3学期に入りクラスの中は、なんとなく落ち着かない雰囲気であった。2学期まであんなに一所懸命だったクラブ活動(注:部活のこと)やクラスの班活動(主に討論)は、どこかに置き忘れたかのようだった。その後、2月中旬に私立、3月1日に公立(県立)の入試本番を迎えた。

 公立の合格発表(3月8日頃)を境に、再びクラスの雰囲気は一変した。長く苦しかった、がんじがらめの生活から解放され、みんなの表情が一気に明るくなった。卒業式(3月15日)までの最後の一週間は、毎日が日曜日のような学校生活だった(もちろん皆登校はしているが)。

 

 卒業式の数日前、学校の体育館で謝恩会が催された。卒業してゆく三年生から、先生や在校生への感謝の気持ちを表すために、クラス毎に出し物を披露するのである。全部で8クラス、私たち三年七組は、前月に発生した前代未聞の大事件、浅間山荘事件をモデルにした寸劇を発表することになった。タイトルは「浅山荘事件」、担任のA見先生から採って名付けられた。

 たしか私も出演したと思うが、緊張してガチガチだったこと以外、何も憶えていない。それよりも、筋書きがめちゃくちゃだったことが印象深い。事件のあらすじ通り進行するのかと思っていると、突然月光仮面が現れたりした。いったい誰がシナリオを書いたのだろう?バックは、当時の歌謡曲のオンパレードだった。結婚式の場面で流れたのが、たくろうのこの歌だった。

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投稿者 もりた : 23:59 | 日記 | コメント (0) | トラックバック (0) このエントリーを含むはてなブックマーク この記事をクリップ!