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2010年06月05日

「選挙目当て」で何が悪いのか?(その2)

 1つ前のエントリー「選挙目当て」で何が悪いのか?(その1)を受けて、私自身の考えを述べたいと思います。昨夜、午前中にエントリーすると宣言しておきながら、さっそく守れない自分を情けなく思います。
 
 
 鳩山氏から菅氏への首相交代を受けて、自民党の谷垣総裁が述べた「(この交代は)"選挙目当て"(に過ぎない)」という言葉に刺激を受けて、このエントリーを起こしました。民主党が掲げる政策である「子供手当て」、「高校授業料無償化」、「高速道路無料化」に対して、野党議員、一部の政治評論家や有権者などから"バラ撒き"政策であるという批判があります。
 
 立場や考え方の違いがありますから、一つ一つの政策の当否、賛否については、いろいろな意見や批判があることは当然と思います。しかし、政治家が政策立案やその実現のために採る行動、辞任や離党、党内選への出馬といった「選挙目当て」の活動は、政治家自身、あるいは私たち有権者にとって本当に忌み嫌うべきことなのでしょうか?
 
というのが前回の問いかけでした(前置きが長くてすみません)。
 
 
 私は、政治家と私たち有権者にとって、「選挙」が最も重要な手段であると思っています。何のための"手段"かというと、選挙権を有する私たち住民・国民から、被選挙権を行使して地方議員・地方首長・国会議員の選挙に立候補する政治家に対して、私たちの意見(民意)を伝えるための手段としてです。
 
 私たちが日々の生活や仕事の中で困っている問題、社会生活の中で直して欲しい弊害について、私たちの考えを聞いて欲しいと思うのです。また、子供たちの将来のために築いて行って欲しい地球環境再生や、医療や年金基盤の再構築、国・地方財政再建、諸外国との友好関係維持を、どうやったら実現できるか、そのプラン作成に向けて私たちも政治家のみなさんと一緒に議論していきたいのです。
 
 もちろん、そのためには、選挙の前段として
 
  ・政治集会
  ・戸別訪問
  ・ホームページやブログ、Twitterなどインターネット上のツール
  ・テレビ・ラジオでの市民参加の討論、新聞への投書

 
などを通じた、政治家と有権者との間の日常的なコミュニケーションが大事であると思います。最近は双方向のコミュニケーションが取りやすい方法が次々と生み出されて来ますから、道具という観点では従来から見ればかなり改善されつつありますが、今以上の密度の濃い対話が必要であると思います。
 
 もちろんこれらの手段による日々の議論の積み重ねが重要とは思いますが、これらの中で、政治に対して私たちの意志を表す一番の(最終的な)方法は、「選挙」だと思うのです。有権者一人ひとりが誰(どの政党)に投票するか真剣に考え、迷った挙句に決断し、当日の天候に左右されること無く投票所に足を運ぶ、だいたい10人のうち5人から6人ぐらいの人がそうしています。

 
 私は「選挙」(や上で掲げたような手段)以外の方法で、将来の政治が方向付けられてしまうのだけは嫌です。少なくとも、「選挙」に行って自らの意思を示す(投票する)ことのない人々の意見が多数を占めることによって、政治の方向が決定付けられるようなことだけは、なんとしても拒絶したいと思います。
 
 テレビのニュース番組で、TV局の政治記者や政治評論家らが述べるコメントや解説、それらに少なからず影響を受けたと思われる人々(特にネット非接触世帯)に対する世論調査(もちろんネット非接触世帯の人々が、政治評論家の意見やコメントに左右されやすいという意味ではありません)。
 
 その世論調査の結果を再びテレビで報じることによって、非ネット接触層へ与える影響。こういった繰り返しによって、有権者が無意識のうちに同じ方向を向いてしまうのではないかという危惧の念を抑えることができません。ましてや、私たちの税金から出ている内閣官房機密費を、長年にわたって時の政権から受け取り続けていた政治評論家のコメントや新聞社上層部の書く論説に影響されていたかと考えると、悔しくて仕方がありません。
 
 「なるほど、私たち素人とは違う視点でモノを見ている。」、「机上でモノを考えている役人や、その役人からの入れ知恵に頼っている政治家からは決して出て来ない斬新な発想だ。さすがだ!」
 
 かつての私自身も、そういう政治評論家のコメントや新聞の論説に多少なりとも影響され続けてきました(そう遠くない昔の話、つい最近まで)。
 
 
 新聞記事やテレビのニュースも、情報収集の一手段と心得て使うことは否定しません。ネットを日常的に使用している私自身でも、政治に関する情報はネットだけで入手するのには限界があります。しかし、新聞記事やTVニュースの(前段で事実の報道があり)後段で展開される論説や解説は、よほど確固とした目や心を持っている人以外は、要注意だと思います。
 
 私自身は未だそういう目や心を持ち合わせていませんので、ニュースの前段を見聞きした後、論説や解説が始まりそうになった時は、すぐにテレビやラジオを消します(今年になってからテレビのニュースはほとんど見なくなりましたので、たまにラジオのニュースを聞く程度です。もっともラジオでは、特定の時間のニュース番組を除いて解説はほとんどありませんが)。
 
 そして、少しの時間でも自分の頭で考えてから、論説や解説などには、その後で触れるようにしています。もっとも、テレビでは、その時点では既に論説や解説は終わっていますが。その点、インターネットや新聞・週刊誌などは、自分でコントロール出来るので好んでいます。ネットや紙媒体では、前段まで読み終えたところで中断し、しばらく後に後段を読むといったことが可能ですから。
 
 
 
 ということで、「選挙目当て」で何が悪いのか?という問いかけに対して私自身は、何も悪くない。むしろ、「選挙目当て」大いに結構。「選挙」こそ政治に民意を反映するために取るべき手段の"いの一番"であると考えます。
 
 
 みなさんも、新聞やテレビの論説や解説に頼ることから、もうそろそろ独立してみましょうよ。自分の目で見て、自分の頭で考えて、自分の心で判断してみませんか
 
 最近つくづく、そう思うようになって来ました。そんなことを考えていたら、下記のような活動があることがわかりました。
 
  YES!プロジェクト
 
 若手企業経営者が、「選挙に行こう」「改革を進めよう」「もっと発言しよう」と訴えるための活動とのことです。6月14日(月)にYES!ナイトというイベントが開催されるそうです。私も申し込みました。(YES!ナイト実行委員会のTwitterアカウント @yesproject
 
 
--- 関連情報 ---
(1) 「YES! PROJECT」というのが有ったんだ 2009年03月08日 IT屋もりたの今時パソコン日記
(2) 投票所に長蛇の列 2009年08月30日 IT屋もりたの今時パソコン日記
(3) ネットユーザー/非ネットユーザー間で広がる世論の乖離 2010年02月03日 IT屋もりたの今時パソコン日記
(4) 鳩山首相・辞任を表明、取り残された国民とマスコミ 2010年06月02日 IT屋もりたの今時パソコン日記
(5) 「選挙目当て」で何が悪いのか?(その1) 2010年06月04日 IT屋もりたの今時パソコン日記

投稿者 もりた : 2010年06月05日 14:24 このエントリーを含むはてなブックマーク この記事をクリップ!

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