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2010年04月16日

41年ぶり?

 今日は寒いですね。外は冷たい雨が降っています。今夜、関東地方は雨が雪に変わる可能性があり、もし日付が変わってからですと、昭和42年と44年の4月17日に並んで、最も遅く雪が降った日になるとのことです。
 
 
 昭和44年の4月、雪が降った日、よく憶えています。私が小学校を卒業して、中学校に入学した年です。新学期が始まって2週目、ようやく新しい生活に慣れかけた頃でした。小学校は家から目と鼻の先、子どもの足でも3分とかからない、今考えると、とても恵まれた環境でした。
 
 対して、中学校までは自転車でも10分くらいかかる距離でしたが、残念ながら私は自転車通学が認められず、毎日20~30分の道のりを歩いて通い始めた矢先に季節はずれの雪でしたから、余計に印象深く残っていたのだと思います。

 
 その朝、家を出る時、姉か叔母の白いジャンパーを着るように母に言われて、雪の降る中を学校に向かいました。女物を着ていくのが恥ずかしくてイヤだったのですが、ジャンパーなんて持っていませんから、仕方なく着て行ったことを憶えています(そもそも、そのジャンパーに男用女用の区別は無かったのかも知れませんが)。
 
 ところが昼過ぎにはカラっと晴れて、帰りは脱いで下校しました。ジャンパーを小脇に抱えて、中学校から家の方向への道(旧4号から念仏橋通りに入った辺り。近くの方はわかりますね)を歩いていると、向こうから見慣れた小学生が歩いてきました。少し前まで通っていた小学校の1つ下のガキ大将でした。「柔道始めたのか?」と彼が聞きました。
 
 私が黙っていると、彼はさらに近づいてきて「なぁ~んだ」と言って、二人はすれ違ってそのまま分かれました。私が持っているのが柔道着ではないと判ったようです。ホッとしたやら恥ずかしいやら、季節はずれの雪とともにごっちゃになって今日に至るまで記憶に残っていた一日でした。
 
 
 中学に入って1~2週間、その時、既にバドミントン部に入部していて、私にとって初めての本格的なスポーツの練習の日々が始まっていた様に思います。スポーツだけでなく、その後、いろいろなこと、友だちや音楽やその他の事との出会いが待っているとは想像もしていませんでした。
 
 その手始めが、バドミントンであったり、北山修さんの「」(はしだのりひことシューベルツ)や「白い色は恋人の色」(ベッツィ&クリス)でした(当時は、北山修さんの詩が、自分にとってそれ程大きな影響を与えているものという自覚はありませんでした。10年以上後になってから、気付きました)。
 
 
 今日まで続く様々な人や考え方、特に精神的な面において、との出会いの連続、その出発点があの頃でした。
 
 
--- 関連情報 ---
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(2) 朝の歌(フォークとの出会い) 2007年09月24日 IT屋もりたの今時パソコン日記
(3) 結婚しようよ (よしだたくろうとの出会い) 2008年01月25日 IT屋もりたの今時パソコン日記
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(6) フォーク・クルセダーズのLPを買った日 2009年10月20日 IT屋もりたの今時パソコン日記

投稿者 もりた : 2010年04月16日 18:45 このエントリーを含むはてなブックマーク この記事をクリップ!

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