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2010年02月22日
越谷・温飩屋(うどんや)さんの火事
昨日の昼過ぎ、旧・日光街道(のさらに旧道)を北越谷から越ヶ谷方面に向かって車で通り過ぎようとすると、前方に黒い煙が見えました。火事です。ちょうど大沢橋の手前あたりに、消防自動車が道を塞いでいるのが見えましたので、Uターンしてバイパスの方に迂回して目的地に向かいました。
昨日の火事が温飩屋(うどんや)さんであることを、越谷っ子さんのブログで知りました。
・饂飩屋さんの火災(越谷っ子さかもとるみ日記)
坂本さんも書かれていらっしゃるように、温飩屋さんは江戸時代からの老舗で、創業は元和元(1615)年だそうです。日光街道第三番目の宿場「越ヶ谷宿」の大沢橋際北詰、つまり現在の場所に当時から位置していたそうです。店名(温飩屋=うどんや)の由来は「温かい飯(めし)を提供する店(たな)」として、当時、元荒川で獲れた小魚を煮付けにした「一膳飯屋」として始まったとのことです(以上、NPO法人越谷市郷土研究会 第392回史跡めぐり「案外、知らなかった越谷を歩く うどんやの鰻と北川崎の虫追い」資料より)。
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田山花袋もひんぱんに越ヶ谷を訪れ、小説「春雨」、「渦」の中に「料理屋」として描かれているとのことです。また、紀行文「東京近郊一日の行楽-越ヶ谷の梅と桃」の中には「温飩屋」として実名で紹介されているということです。
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眼下に流れる元荒川を見下ろしながら、鰻重をご馳走になった(2009年7月24日 温飩屋さんのお店の二階から撮影。左は大沢橋)![]()
田山花袋の紀行文にもあるように、すぐ近くを東武線(伊勢崎線)が通っている。
「汽車の中から見ても、下りて歩いてみたくなるやうな町だ。」
(「東京近郊一日の行楽-越谷の梅と桃」 田山花袋・著 博文館 大正12年6月20日・刊より)
(写真は、2009年7月24日 温飩屋さんのお店の二階から撮影)
昨年7月に催された越谷市郷土研究会の第392回史跡めぐりの際に、温飩屋さんで一度だけ食事をしたことがあります。北川崎の虫追いを見学に行く前に、温飩屋さんの鰻重をいただきました。その後、バスで新方地区・北川崎に向かいました。美味しい食事にお腹も心も満足して、虫追いを見学した楽しい思い出が残っています。
・越谷市・北川崎の虫追い(IT屋もりたの今時パソコン日記)
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それだけに昨日の火事で、ご主人と娘さんが不運にも命を落とされたことは、残念です。謹んでご冥福をお祈りいたします。
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