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2010年02月12日

#syutto テレビ新聞「報道」の見方(私の場合)

 正午のNHK-BSニュースを見ていると、検察審査会に対し「小沢氏を起訴するよう」にとの申し立てが為されたとのこと。申し立てを行なったのは「市民団体」で、先に小沢氏本人を告発した「市民団体」ではないかと思います。
 
  “小沢氏起訴を”申し立て(NHKオンライン - NHKニュース)
 
 
 「陸山会」に対する検察の捜査に関する新聞・テレビの「報道に対して大いに疑問を感じる」という趣旨の記事を何本も書いているので、このような事柄の情報をも、私が疑いの目を向けているテレビ(NHK)から得るのは筋が通らないという方もいらっしゃるかも知れません。しかし現実的に、テレビのニュースや新聞記事の情報も参考にしないと、世の中や政治の動きがどうなっているのか察することができないのも事実です。
 
 出来れば通信社などの情報、もっと極論すれば当事者自身(今回の申し立てを行なった「市民団体」自身や、申し立てを受けた(?)「検察審査会」)による直接の(通信社や報道機関=新聞テレビを経ない)情報発信があればよいのですが、世の中の仕組みは未だそこまで至っていません(技術的には充分可能な環境が整ったと思っています)。
 
 
 今回の申し立ては、石川知裕・衆議院議員、大久保隆規氏、池田光智氏が起訴されるに至る捜査の発端である「告発」ではなく、別に出されていた小沢氏に対する「告発」による捜査の結果、小沢氏が起訴されなかったことに対する申し立てです。昨年来、東京地検特捜部による「陸山会」に対する捜査(政治資金規正法違反容疑)の状況を、主に新聞記事やテレビのニュースを通して見聞きし、他に情報(特に政治に関する)入手手段を持たない人々の中には、この件に関する検察の捜査のキッカケには、
 
  (今回の捜査の発端には)2つの「告発」があること
 
を知らない(意識していない)人が少なく無いのではないかと思います。初めに出された、「陸山会」の2004年の政治資金報告書の虚偽記載の疑いについての「告発」の捜査だけでは小沢氏本人の起訴にまで届かない状況を視た方々(「市民団体」?)が、今年1月に入って、小沢氏本人に対する「告発状」を検察に提出したのだと認識しています。
 
 そもそも、新聞・テレビ以外に情報、特に政治に関する情報を入手する手段を持たない人々の中には、
 
  (今回の捜査は)「告発」によって検察による捜査が始まったこと
 
を知らない人が少なくないのではないかと想像します。つまり
 
  一般視聴者(購読者)の多くが、検察が自発的に捜査を開始したのだと誤解しているのではないか
 
ということです。ましてや、それらの人々は、一つ目の「告発」と、その後の「告発」と2つの「告発状」が提出されていることは、ご存じないのではないか。
 
 
 では、「告発」した人は誰か。私自身、一連のテレビ・新聞報道を見聞きしていて、どのようにして捜査が開始されたのか、「告発」なのか、そうでないのか、「告発」だとしたら誰が告発したのだろうと、ずっと疑問に思っていました。この件に関する新聞テレビ報道が始まった当初(昨年11・12月頃)は、「告発」そのものに言及する記事・ニュースはあまりありませんでした。時々(本当に稀に!)、"「市民団体」による告発を受けて捜査をしている東京地検特捜部は・・・"というアナウンスをしているニュースを耳にして、「市民団体」による「告発」によって捜査が始まったと"認識"するようになりました。

 
 報道機関に特別な人間関係が無い私には、上記のこと(捜査が「市民団体」からの「告発」によって始まった)でさえ、「たぶん本当らしいと思う」ことが限度です。このことは100%断定してよい、と自分自身に対して言い聞かせることが出来ません。直接、自分自身が目撃したこと以外は、事実であると"認識"できないのです。
 
 そんなことを言っていたら、毎日の自分の行動範囲以外の世の中のことを知ることは不可能であり、大変だろうと思われることでしょう。その通りです。世の中のことに限らず、自分自身の仕事や生活する上でも、不自由極まりないことになってしまいます。ですので、1つ1つこれは事実であるか、どうかと自分に問いかけてから受け取るようにしているのは、報道、特に政治に関する報道だけです。
 
 
 「陸山会」に対する捜査に関連して、私自身がまだ分からないことが、2つほどあります(分からないことだらけなのは当然だと思っています。検察関係に知り合いなどおらず、捜査情報を知る術を持っていませんので)。
 
  一つ目の「告発」と二つ目の「告発」を行なった「市民団体」は、同じ団体なのか違う団体なのか
 
  この「市民団体」の名称代表者の名前は何と言うのか
 
という二点です。告発者である「市民団体」に言及する(めったに触れられませんが)テレビのニュースによると、(一つ目の「告発」を行なったのは)「東京都の市民団体」であるようです(二つ目の「告発」を行なった団体については、「市民団体」ということしか私自身は認識していません)。
 
 
 大事なことは、このような考え、つまり「報道、特に政治に関する報道は、そのまま信じることは危険が大き過ぎる」ということを自分の親や子どもに話すことではないかと思っています。特に今迄、何十年間も生きてきて、生活の困難を乗り越えてこられた高年齢層の方々が、世の中の動きを知る手段として新聞・テレビ以外のチャネルを持たない場合が多いと思われるからです。"メディア"という言葉をあえて使わず、"チャネル"と言ったのは、"メディア"という媒体を介した、いわゆる現在のジャーナリズムの限界を、ここ最近、私自身が強く感じているからです。
 
 メディア、あるいは報道機関という媒体を介したジャーナリズム(報道)は、言ってみれば誰かからの「又聞き」です。そうではなく、いろいろな事件や事柄の当事者自身から「直接話を聞く」、"セルフ・ジャーナリズム"とでもいうべき新しい形態が、近い将来、現実のものとなると信じて疑いません。
 
 現在の「報道」という形態では、取材の対象である政治家や被告発者や被疑者、事件の被害者や加害者等の「声」は、報道機関という媒介の手によって、視聴者(テレビ)・聴取者(ラジオ)や購読者(新聞・週刊誌)・閲覧者(インターネット上のニュースサイト)に伝えざるを得ません。上記のような取材される側の人「自身が自らの手で」自らの「声」を、それらを聴きたいと思っている人々に届けることが可能になれば、今迄に起きてきた多くの事柄の問題解決に寄与するのではないかと考えます。特に、戦争や医療行政ミスの犠牲者・被害者、いろいろな犯罪や拉致等の被害者の方々が、これら新しい手段の恩恵に浴することを願ってやみません。
 
 
--- 関連情報 ---
(1) 「推定無罪」 2010年01月11日 IT屋もりたの今時パソコン日記
(2) 小沢氏の政治資金に関する新聞・テレビの報道に感じる異常性(1)報道は違法性の所在を明らかにしていない 2010年01月12日 IT屋もりたの今時パソコン日記
(3) 小沢氏の政治資金に関する新聞・テレビの報道に感じる異常性(2)報道は推定無罪の原則を忘れているのか 2010年01月14日 IT屋もりたの今時パソコン日記
(4) 小沢氏の政治資金に関する新聞・テレビの報道に感じる異常性(3)報道は情報源を明らかにしなくていいのか(前編) 2010年01月16日 IT屋もりたの今時パソコン日記
(5) ネットユーザー/非ネットユーザー間で広がる世論の乖離 2010年02月03日 IT屋もりたの今時パソコン日記

投稿者 もりた : 2010年02月12日 18:27 このエントリーを含むはてなブックマーク この記事をクリップ!

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