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2009年10月20日

フォーク・クルセダーズのLPを買った日

 17日(土)、近くにある文教大学のオープン・ユニバーシティの授業から帰宅して、午後からの楽天-ソフトバンク戦のテレビ観戦に備えてネットをチェックしている時、加藤和彦さん死去の一報に触れた。私にとって加藤和彦さんは、北山修さん、端田宣彦(はしだのりひこ)さんとともに、フォーク・クルセダーズのメンバということ以上に、詳しいことはほとんど知らない。
 
 北山修さん(作詞)とのコンビで、「あの素晴らしい愛をもう一度」、「白い色は恋人の色」といった素晴らしい曲を作った人ということを知っているのみである。フォーク・クルセダーズの「帰ってきたヨッパライ」が流行ったのは、私たちが小学校5年、昭和42(1967)年のことだ。当時、正直言って学力はクラスの中で最下位クラスのいわゆる悪ガキの同級生が、この歌を唄っていたのを思い出す。「ケメ子の歌」、「帰ってきたヨッパライ」、子供というのはこういうコミカルな歌を、意味もわからず好むものだ。
 
 
 少し年齢が上がって中学3年の時、クラスメートの提案で毎朝ホームルームの時間に歌を唄うことになった。曜日毎違う歌6曲を わら半紙に刷って、歌詞を見ながらみんなで唄ったものだ。
 
  ・あの素晴らしい愛をもう一度
  ・僕を呼ぶふるさと
  ・やめちまえ節
  ・泣くなゴンベー
  ・二人の世界
  ・マキシーのために
 

 「あの素晴らしい愛をもう一度」という曲は、この時初めて知った。当時、作詞が北山修さんであることや、作曲が加藤和彦さんであることは知らなかった(後に知ったことだが、私たちが中学3年生の教室でこの歌を唄った昭和46(1971)年、この歌が発売されて間もない頃だった)。

 ちなみに上記の歌は「あの素晴らしい愛をもう一度」と「僕を呼ぶふるさと」が作詞:北山修、作曲:加藤和彦コンビによる歌、「泣くなゴンベー」はソルティー・シュガー(「走れコウタロー」が有名)の歌、「二人の世界」はあおい輝彦さん(水戸黄門の助さん?)、「マキシーのために」はかぐや姫の初期の歌だ。「やめちまえ節」は誰の歌か知らない。

 
 というわけで、私がフォーク・クルセダーズの凄さ素晴らしさを知ったのは、それからさらに約10年経った後、会社に就職して1、2年目位、1980~81(昭和55~56)年頃のことだったのではないかと思っている。当時、家にようやくLPを演奏できるオーディオセットが備わった。中島みゆきさんや、たくろう(吉田拓郎)の初期のLPを次々に買ってきては聞きまくっていた。そんなある日、レコード屋でフォーク・クルセダーズのLP(タイトルは憶えていない)を見つけた。
 
  「悲しくてやりきれない」は、聞いたことがあった。「何のために」、「花のかおりに」、「戦争は知らない」、「青年は荒野をめざす」(五木寛之さんの小説のタイトルは知っていた)、・・・。衝撃を受けた。たくろうや中島みゆきさんなど、その作品の詩から先に衝撃を受けることが多かった私だが、フォーク・クルセダーズの作品は、詩と曲と同時に、すんなりと入ってくる感じがした。
 
 たくろうやみゆきさんより、数年から10年近く前の時代のためか、曲としては決してモダンさは無い。歌謡曲に近い感じを受けた。そんな素朴な歌にも関わらず、ストレートに心に入ってきた楽曲たちだった。あのレコードは、現在行方不明である(家の中のどこかにあるはずなのだが)。
 
ザ・フォーク・クルセダーズ「花のかおりに」

 
 
--- 関連情報 ---
(1) 朝の歌(フォークとの出会い) 2007年09月24日 IT屋もりたの今時パソコン日記
(2) 今日午後、文化放送に北山修さん出演 2009年01月23日 IT屋もりたの今時パソコン日記

投稿者 もりた : 2009年10月20日 02:46 このエントリーを含むはてなブックマーク この記事をクリップ!

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