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2008年10月31日

故きを温める(古典に親しむ)(2)-『墨子』から

 先人の残した名著をたずねるシリーズ(いつのまにシリーズ化したのか本人も?)、2回目は『墨子』です。前回と同じく貝塚茂樹氏の著作『諸子百家』(岩波新書)のページ進行に沿い、「墨子」の中から拾ってみたいと思います。やや長文になりますが以下に掲載いたします。
 
 なお、『諸子百家』(貝塚茂樹・著)によると、「墨子」は“魯国生まれの名もない賤民の出である墨翟(ぼくてき)という男”で、孔子より約70年ほど後(のち)の人のようです。
 
● 墨子 尚賢下 2
 
 [原文]
 
  (子墨子言曰、)而今天下之士君子、居処言語皆尚賢、逮至其臨衆発政而治民、莫知尚賢而使能。我以此知天下之士君子、明於小而不明於大也。何以知其然乎。
  今王公大人有一牛羊之材不能殺、必索良宰、有一衣裳之材、不能制,必索良工。当王公大人之於此也、雖有骨肉之親、貫故富貴、面目美好者、実知其不能也、不使之也。是何故。恐其敗材也。当王公大人之於此也、則不失尚賢而使能。王公大人有一疲馬不能治、必索良医、有一危弓不能張、必索良工。当王公大人之於此也、雖有骨肉之親、貫故富貴、面目美好者、実知其不能也、必不使。是何故。恐其敗材也。当王公大人之於此也、則不失尚賢而使能。
  逮至其国家則不然。王公大人骨肉之親、貫故富貴、面目美好者則挙之。則王公大人之視其国家也、不若視其一危弓疲馬衣裳牛羊之材与。我以此知天下之士君子、皆明於小而不明於大也。此譬猶瘖者而使為行人,聾者而使為楽師。

 
 [読み方]
 
  (子墨子の言に曰く、)今天下の士君子居処言語みな賢を尚ぶも、その衆に臨み政を発して民を治むに至るにおよびては、賢を尚びて能を使うことを知るなし。我これをもって天下の士君子小に明らかにして大に明らかならざるを知ると。何をもってその然るを知るか。
  今王公大人一牛羊の財ありて殺すこと能わざれば必らず良宰を索む。一衣裳の財ありて制すること能わざれば、必らず良工を索む。王公大人の此においてするにあたりては、骨肉の親、功なき富貴、面目美好なる者ありといえども、実によくせざるを知れば、これを使わず。これ何の故ぞ。その財を敗らんことを恐るればなり。王公大人のここにおいてするに当りては、賢を尚びて能を使うことを失わず。
  王公大臣一の罷馬ありて直す能わざれば、必らず良医を索む、一の危弓ありて張ること能わざれば必らず良工を索む・・・・・・
  その国家に至るにおよびては然らず。王公大臣骨肉の親、功なき富貴、面目美好なるもの、これを挙ぐ。王公大人のその国家を視るや、その一危弓、罷馬、衣裳、牛羊の財をみるにしかざるなり。われこれをもって天下の士君子みな小に明らかにして大に明らかならざるを知るなり。これを譬えばなお瘖者を行人たらしめ、聾者を楽師たらしむるがごとしと。
 
 [解釈(現代語訳)]
 
  (墨子はいう、)「現代の天下の識者諸氏は平素の言論でいつも有能の士を任用せよといわれる。一度大衆にたいして政令を下すだんになると、有能の士を採用してその能力を発揮させようとはしない。これは天下の識者が小問題にはよく気付くが、大問題を忘れている証拠である。」
  「どうして小問題に気がつき大問題を忘れるようになったのでしょうか。」
  「現代の諸国の国王・大臣・有力者らは一頭の牛、羊でも、自分の手で屠殺できないで、きっとよい屠殺者をさがす。一着分の反物でも自分で仕立てないで、きっとよい仕立屋をさがす。国王・大臣・有力者はこういうことにかけては、骨肉の親戚、手柄もない貴族富豪、すばらしい美男美女でもその能力がかけているのを知っていれば使おうともしない。なぜかといえば材料が無駄になることを恐れるからだ。国王・大臣・有力者はこのことにかけては有能の士を採用して能力を発揮させずにはいられない。以下同様にして、一頭の病馬も良獣医、ひと張りの強弓も名弓師にまかせる。・・・・・・
  それなのにことが一旦国家に関すると、事情ががらりとかわる。国王・大臣・有力者は骨肉の親戚、手柄もない貴族富豪、すばらしい美男美女を登用する。国王・大臣・有力者の国家にたいする気のいれ方は、一つの強弓、病馬、衣服、牛羊の資財にも及ばない。自分はこの理由によって天下の有識者がみな小問題に気がついて大問題を忘れていることを知るのである。これは例えば唖を外交官に任命し、聾を音楽師に雇うようなものではないか。」
 
 
 出典:[原文]は『中国の思想 第5巻 墨子  和田武司(訳) 徳間書店』昭和48年7月10日 第2版第1刷による。[読み方]、および[解釈(現代語訳)]は『諸子百家 貝塚茂樹(著) 岩波新書』1961年12月25日 第1刷、1985年9月20日 第33刷による。
 
 注: [原文]と[読み方]、[解釈(現代語訳)]との間で、使用する文字の相違に気付かれるかと思います。例:「財」と「材」 [原文]と[解釈(現代語訳)]では「材」を使い、[読み方]は「財」と表記してあります。これは主に出典元図書ごとの表記の違いに因りますが、あえて各図書の表記どおり掲載しました。「馬」と「馬」も同様。その他多数。
 
 (※ 上記文中に、もしや一部の方に対して不適切な言葉(文字)が含まれているかもしれません。その責任は出典元である各図書の著者、出版社等にはなく、原文どおり引用した私(IT屋もりた 店主・森田)にあります。
 
 
 
 このシリーズ前回のエントリーで、前・国土交通大臣の辞任に言及し、2,500年前とは思えない真実を衝いた孔子の言葉に接した驚きを表しました。今回取り上げた墨子の言もまた2,000年以上経てなお色褪せないことは、現政権の大臣の顔ぶれを見るまでもなく明らかのように思われます。
 
 
--- 関連情報 ---
(1) 故きを温める(古典に親しむ)(1)-『論語』から 2008年10月28日 IT屋もりたの今時パソコン日記

投稿者 もりた : 2008年10月31日 01:05 このエントリーを含むはてなブックマーク この記事をクリップ!

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