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2008年08月22日

JavaWorld DAY 2008

 一昨日(8月20日(水))は、JavaWorld DAY 2008に行ってきました。基調講演(午前10時開始)から最後のセッション(18時15分)まで、一日中でしたので多少疲れましたが、結構楽しく過ごしました。
 
 早稲田大学 丸山不二夫教授によるAndroidに関するセッション(セッション番号:JB-3)や、オープンソースCRM株式会社 河村 嘉之氏(日本Javaユーザグループ 幹事)によるWebアプリケーション・フレームワーク発展の歴史とこの先の進化の方向に関するお話(セッション番号:JA-6)など、興味深く、大変参考になりました。
 
 
 3つ目のセッションが始まる直前、隣の席に座っている人から突然「森田さん」と声をかけられました。ビックリしてそちらを振り向くと、アドソル日進の佐藤氏でした。アドソル日進は、私が大学卒業後、最初にお世話になった会社(入社当時の社名は、日進ソフトウエア株式会社)です。佐藤氏は同期入社の元同僚です。私が日進を退職後も、佐藤氏とは展示会・セミナー会場で2、3度お会いしています。いずれも偶然の再会で、技術的な関心の向う先が似ているのかも知れません。そんな佐藤氏と私ですが、日進ソフトウエア入社から4年間は、まったく異なる分野の部署で仕事をしていました。

 私が日進ソフトウエア在職時代に、佐藤氏と一緒に仕事をしたのは、一度だけです。1985年のつくば万博に向けて、あるコンピュータ・メーカから受託した、Unixワークステーションによるクライアント/サーバーシステムのデモ用試作システム制作のプロジェクトが結成されたのが、入社5年目(1984年)のことでした。
 
 入社後、私はマイクロプロセッサ内蔵システム(例えばG3ファクシミリや、モデム内蔵電話機など)のソフトウェア(“ファームウェア”といいます)開発部門や、オフコン用アプリ開発部門を転々としていました。一方、佐藤氏は日進の花形的存在(注1)であった通信ソフト開発部門で、有望な若手として頭角を現しつつありました。
(注1) 1976(昭和51)年の創業以来、日進ソフトウエアは、シンガポールやクェートなど海外のメッセージ交換システム構築プロジェクトを成功させるなど、通信システムに強く、「通信の日進」としてソフトウェア業界内で一定の評価を得ていました。
 
 そのような状況下、日進として初挑戦であったUnixワークステーション、クライアントサーバシステム(の開発)、RDBMSとしてこれまた初体験のOracle(当時のバージョンは3または4ぐらいだったと思います)を使う、ということで、(上層部としては)思い切って組織横断的に社内の若手(入社4、5年目)のプロジェクトリーダークラスを抜擢し、特別プロジェクトが編成されたのではないか、と思います(あくまで私の想像です。プロジェクト編成の意図が本当にこのようなものであったか否かについては、当時の上司にお聞きしてみなければ分りません)。
 
 約1年弱のプロジェクトだったように記憶していますが、専門分野の異なる技術者が集まって、設計から総合テスト、つくば万博展示まで経験できたことは、自分でも1ランク、ステップアップ出来たように感じ、よい経験をさせていただいたと今も感謝しています。
 
 
 またまた、いつもの昔話になってしまいましたが、このような歴史を経て、現在のWebを中心としたテクノロジーやビジネスの隆盛があるのだということを、今の若い人に「静かに」伝えていきたい、そんな“つなぎ役”に徹することが出来たら幸せだな、と思っています。
 
 
--- 関連情報 ---
(1) Java World DAY 2006 2006年06月22日 IT屋もりたの今時パソコン日記
(2) JavaWorld DAY 2007 2007年06月19日 IT屋もりたの今時パソコン日記
(3) JavaWorld DAY 2008、今年は8月20日開催 2008年07月09日 IT屋もりたの今時パソコン日記

投稿者 もりた : 2008年08月22日 01:25 このエントリーを含むはてなブックマーク この記事をクリップ!

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