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2008年06月29日
言葉や文章だけでは伝わらない
昨日も午前中は、文教大学オープンユニバーシティの生涯学習コースに参加、「生活の中の造形」前週に続き折り紙や包み紙を使っての実践、包むものや入れるものを作りました。
・日本の伝統美・伝統芸能などは元々“ヲタク”的(IT屋もりたの今時パソコン日記)
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薬の包み紙、財布、3本角箱、2本角箱、のし、鶴ののし袋などを作ったのですが、なかなか思うようには進みません。一応、先生から配られた作り方の手順を書いた紙はあります。しかし、それを見ただけでは分らないところも多々あります。私だけでなく、教室のあちこちから悲鳴が聞こえてきました。説明書には絵も描かれているのですが、細かいところ、微妙なニュアンスまで全部表現しようとしたら、とても(説明の長さが)こんな分量では済まなくなります。
作りながら思ったことは、この折り紙のように全てを紙の上の文章や絵だけで説明することは不可能であるということです。実際にやってみないと伝わらない、何時間も悪戦苦闘し苦労してやっと解ること、しかも、一度(ひとたび)解ってしまえば「何だこんなことか」ということが世の中にはたくさんあります。
昨今は、何でもマニュアル化して伝えようとする風潮があるように思います(もちろん、ビジネス等に於いてはそれも必要ですが)。インターネットの普及以降に、特にそれを感じます。文章や図、写真、音声、ビデオを使って、ありとあらゆる“ものやこと”を表現したものがインターネット上にあふれています。様々な事柄を文章や写真、ビデオなどで表現したり伝えたりするために無料のツール(ソフトやサービス)も揃っています。それらの道具を使って作成した何か(メッセージ?、ドキュメント?、コンテンツ? どう呼べばよいか分りません)を伝えるためのメディア(ホームページ、ブログ、写真やビデオの共有サイト、SNS、ケータイメール、・・・)も充実しています。
このような環境下では、私たちは何でも相手に伝わる(伝えきれる)と錯覚しがちです。特にこのような道具を駆使して何かを作って、相手に発信する側の方にその傾向が強いように思います。
「言葉や文章(図、写真、ビデオ、音声)だけで伝わることは、世の中の事柄のほんの一部である。実際に経験してこそ、初めて解る(伝わる)ことが案外多い。重要か瑣末かを問わず、むしろ世間にある“ものごと”の大部分がそういうものである。」という当たり前のことを感じた一日でした。
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