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2008年06月08日

秋葉原の事件

 今日の昼過ぎ、秋葉原で、またしても怒りの矛先をどこにぶつけてよいかわからない、やりきれない事件が起きてしまいました。17人の方が病院に運ばれ、7人の方が亡くなってしまったとのことです。
 
 被害に遭われた方は現行犯で逮捕された容疑者とは何の関係も無く、特に亡くなられた方にはお気の毒という以外に、言葉も見つかりません。本来ならば、今晩帰宅したら、ご家族と夕食を摂られ、今日アキバでこんなもの買ってきたよなどと話したり、テレビを見たり、明日は仕事だから早く寝ようと考えたり、それぞれいつも通りのことに時間を使っていたハズです。無関係の多くの方の平凡な生活を奪ったという意味で、容疑者への怒りを禁じえません。
 
 事件の一報を知ったのは来店のお客様の応対中、Yahoo!JAPAN画面を見ていたお客様が気付いたことがきっかけです。その後、他の場所に移動中もケータイのEZフラッシュニュース等でチェックしていました。R25式モバイルのNews&Topicsの記事によると、容疑者は警視庁の取調べに対し「人を殺すために秋葉原に来た。世の中が嫌になった。誰でもよかった」と供述しているそうです(日テレNEWS24)。本当かどうか、本当にこのような言い回しだったのか、他のメディアを総合したいとは思います。仮に概ねこのような供述だったとすると、容疑者の心の中に思い上がりは無かったのか、その“誰でも”の中に容疑者自身は含まれていなかったのかと、返す返すも残念です。
 
 この容疑者の罪は、何度生まれ変われば、償い終えるのだろうかと考えたくなります。“世の中が嫌になった”、容疑者の不満の矛先が、せめて外ではなく、内に向ってくれていたら、と思います。いや、やはり外でなければなりません。親や友人、赤の他人、誰でもいいから、自分以外の人間との心の交流が、些かも無かったのか、ならば結果は違っていたかもしれません。

 
 とかく私たち()は原因・動機を早く捜して、この事件を終わりにし、次へ進みたいと考えがちです。「人を殺すために秋葉原に来た」、「世の中が嫌になった」、「誰でもよかった」という言い訳は、普通の人間にとって殺人の動機として納得のできるものではありません。“やりきれなさ”、中途半端な状態を引きずっていくことは、仕事はもちろん、一人一人の生活全般にわたって効率を落とすことになります。社会全体の規模で考えると、膨大なロスになるのかもしれません。しかし、私たちの生きているこの時代は、そんな社会的(経済的なコストよりも精神的な)コストを払っていかなければならないのかもしれません。
 
 
 上記の記事(R25式モバイル News&Topics 「東京・秋葉原通り魔事件 死者7人に」21:57 日テレNEWS24)によると、逮捕された容疑者は、静岡県・裾野市に住む25歳の男だそうです。彼もまた、土浦市荒川沖の事件の容疑者と同じく、11年前に発生した例の事件の時に思春期真っ只中だった年代にあたります(15歳14歳 (注1))。オウム真理教による地下鉄サリン事件の時は、13歳12歳(注1)です。 (注1) 誤りを訂正しました。単純な計算ミスです。(2008年6月9日 訂正
 
 神戸の事件に地下鉄サリン事件の影響は無かったのか、その後17歳の少年による相次ぐ「理由の無い事件」に神戸の事件の影響が無かったかについて、有田芳生さんの著書「メディアに心を蝕まれる子どもたち」が大変参考になると思います。
 
 その世代の若者がみんなそうだと言うのでは、もちろんありません。事件の直接的な原因究明(動機、事件の引き金となった容疑者の心の内など)は、警察を中心に行なわれると思います。間接的な事柄を含めより根本的・長期的な原因究明が必要であり、そちらに社会全体のリソース(人、時間、予算、知恵等々)が割り振られるよう、私たちに何ができるかについては、以前書いた下記のエントリーをご覧いただければ幸いです。
 
  荒川沖の事件(IT屋もりたの今時パソコン日記)
 
 
 明日は新聞休刊日のため、朝刊は配達されませんが、他のメディア(テレビ、ネット)の報道によって、私たちの“やりきれなさ”が、少しでも長く持続され続けることを願うのみです(このエントリーも、その考えの同心円上にあることを意図しています)。
 
 
 私にとって「秋葉原」は生活圏ではありませんが、仕事・個人的趣味を含めた活動圏内にあります。地下鉄サリン事件、中目黒で発生した日比谷線脱線事故と同様、今回の事件によって、わが身に近付く危険を強く意識させられました。「秋葉原」という地名は私にとって、父の野菜出荷の手伝いのために初めて訪れた小学校の頃からのつきあいで、第2のふるさとのような、幼な友達のような存在です。今日を境に今後は、別の意味でも記憶される場所となってしまいました。
 
 
 なお、有田芳生さんがこの事件についてブログで意見を述べていらっしゃいます。参考までに。(2008年6月9日 追記
 
  ・秋葉原無差別殺人に思う(有田芳生の『酔醒漫録』)

 
 
--- 関連情報 ---
(1) 随筆の書き方を学ぶ(3) 2007年07月22日 IT屋もりたの今時パソコン日記
(2) 随筆の書き方を学ぶ(4) 2007年07月28日 IT屋もりたの今時パソコン日記
(3) 荒川沖の事件 2008年03月25日 IT屋もりたの今時パソコン日記
(4) 動機のわからない事件 2008年04月17日 IT屋もりたの今時パソコン日記
(5) 神戸児童殺害少年A担当、元裁判官の提言 2008年05月04日 IT屋もりたの今時パソコン日記

投稿者 もりた : 2008年06月08日 22:39 このエントリーを含むはてなブックマーク この記事をクリップ!

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