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2007年08月21日
バドミントンの“オグシオ”銅メダル
バドミントンの世界選手権で坂本修一、池田信太郎(日本ユニシス)組が、日本男子初の銅メダルを獲得したそうです。一方、女子ダブルスでも小椋久美子・潮田玲子(三洋電機)ペア(いわゆる“オグシオ”)が銅メダルに輝き、男女揃って記者会見をしたそうです。
・銅メダルに「うれしさでいっぱい」=バドミントンのオグシオら、喜びの会見(Yahoo!ニュース - 時事通信)
・坂本、池田組も日本男子初メダル(Yahoo!ニュース - スポーツニッポン)
女子の小椋・潮田組は“オグシオ”の愛称で、広くスポーツファンに親しまれています。日本選手権・女子ダブルス3連覇中で、国際大会でも実力を発揮していますが、世界選手権で銅メダルを取るとは予想していませんでした。テレビの記者会見を見ましたが、本人たちは準決勝で敗れたことが悔しかったようです。
2人とも美人ですので、北京オリンピックに向けてますます応援に力が入ってしまいそうです。(バドミントンのテレビ中継が少ないのが残念です。)
ところで、バドミントンの日本女子ダブルス(注1)は伝統的に強いと認識しています。かつては、竹中(栂野尾)悦子・相沢マチ子(新潟青陵短大)ペアが全英選手権で準優勝しています。(注2)
(注1) 日本女子はダブルスだけでなくシングルも伝統的に強いと訂正します。女子団体の世界選手権であるユーバー杯に日本は、1960年代から80年代にかけて5回優勝しています。(2007年8月22日 訂正)
(注2) 竹中・相沢ペアはその後、全英選手権で優勝しています。(2007年8月22日 追記)
実は当時中学生だった私も、バドミントンをやっていました。もちろんスポーツとしてです。その頃の代表的な選手としては、女子ダブルスの竹中・相沢ペア、男子シングルス小島一平選手、女子シングルスは湯木(新沼)博江選手、高木(中山)紀子選手などです。ちなみに湯木博江さんの夫は歌手の新沼謙治さんです。
その当時の雑誌(バドミントン界)が残っていました。1970 decemberとあります。表紙は相沢マチ子選手(新潟青陵短大)です。
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1970年12月号「バドミントン界」(THE BADMINTON WORLD)の表紙。モデルは相沢マチ子選手(新潟青陵短大)です。
日本バドミントン協会の発行、定価一部100円、40ページでした。
第25回岩手国体での一般女子決勝、女子ダブルス 高木紀子・天野博江組(岐阜) 対 竹中悦子・相沢マチ子組(新潟)の写真が掲載されていました。写真の見出しには「さながら世界選手権」とあります。両ペアとも世界レベルであったということかと思います。
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新潟県代表 竹中悦子・相沢マチ子組。全英選手権の準優勝ペアです。![]()
岐阜県代表 高木紀子・天野博江組。当時の実力者ペアです。
この試合を含め、岐阜対新潟(団体戦)の結果は次のような記録が残っています。(「バドミントン界 no.16」より引用)
■ 決勝
新潟 2 - 1 岐阜
ダブルス 竹中・相沢 2 - 1 高木・天野 (7-15、15-13、18-17)
シングルス 相沢 1 - 2 高木 (10-12、11-5、3-11)
シングルス 竹中 2 - 0 天野 (11-4、11-2)
ところで、今回銅メダルを獲得した男子ペアの池田信太郎選手(日本ユニシス)は、もしかして当時の実力者・池田信孝選手(電電東京)のご子息ではないかと思われます。お名前からの勝手な推測に過ぎませんので、もし間違いでしたらお許しください。
以上、“オグシオ”のニュースにインスパイアされての、30年以上前(昭和45、46年頃)の昔話でした。
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