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2007年08月15日

新藤兼人監督「陸(おか)に上がった軍艦」

 公開中の映画「陸(おか)に上がった軍艦」の原作者である、映画監督・新藤兼人監督のトークショーがあると聞き、東京・渋谷の劇場ユーロスペースに行ってきました。
東京・渋谷のユーロスペースで上映中の「陸に上がった軍艦」
 東京・渋谷のユーロスペースで上映中の「陸に上がった軍艦」。この劇場では、このほか「新藤兼人傑作選」や、河瀬直美監督の「殯(もがり)の森」(今年度カンヌ国際映画祭 グランプリ受賞作品)なども上映されています。

 この映画を観るのは先週の土曜日(8月11日)に続き2度目です。
 
  新藤兼人監督95歳「言っておきたいことがある」(IT屋もりたの今時パソコン日記)
 
 
 観客が殺到するのでないかと思い早めに家を出て、上映1時間前の10時に劇場に到着しました。未だ人影はまばらで、鑑賞券を購入すると整理ナンバーは30番でした。その後、人数がどんどん増しロビー一杯に膨れ上がりました。上映10分前から整理番号順に入場が始まり、私は迷わず最前列の席に座りました。いつもの私では考えられないことです。
 
 
 11時ちょうどに上映が始まり、正面のスクリーンに見入りました。4日前に続き2度目で予め次のシーンがわかっているので驚きはありませんでしたが、前回見たはずの自分の記憶(日時や場所、施設の名前など)が案外いいかげんであることに少しあきれてしまいました。“海軍精神注入棒”は“直心棒”、宝塚音楽学校ではなく宝塚少女歌劇団の大劇場に基地を置いたことなどです。また、8月15日の空襲の標的(終戦のため行なわれず)はその宝塚の劇場、その前月7月24日にも神戸の川西飛行機の工場への空爆があったことなどです。
 
 
 トークショーは約1時間半の上映の後、すぐに始まりました。テレビ局のクルーが入るので立見客にもう少し奥へ移動して欲しいという案内の後、3~4分で準備が整いました。(手際のよさに少し驚きました。)
 
 今回は、新藤兼人監督と、新藤監督のお孫さんである新藤風さん(同じく映画監督)とのミニ・トークショー(約30分)でした。劇場に入るところから壇に上がる時も、風さんが肩を支えていらっしゃいました。インタビュー中、風さんは「監督」と呼んだり「おじいちゃん」と呼んだりと、普段の間柄が垣間見られました。
 
 
 「“ハエ1,000匹”など面白おかしく、断片的な話は聴いたことがあるけど、この映画を観てようやく(全体像が)わかった。今までも戦争や原爆の映画を作っているけど、今回の様に証言者として自分の体験をすべてさらけ出そうと思ったのは何故?」
 
 こんな風さんの問いかけに対し、「表現する機会は、これが最後だと思って」と新藤監督は答えられました。
 
 
 新藤さんは昭和19年4月に帝国海軍二等兵として召集されました。同期として100人召集されたそうです。予科練など10代の志願兵と異なり、みな30歳過ぎの人ばかりだったそうです。召集後間もなくクジで60人が選ばれフィリピンに派遣されることになりましたが、航行途中にアメリカの潜水艦に撃沈され全員亡くなったそうです。
 
 その中の一人がフィリピンへ出発前、奥さんから来たハガキを新藤さんに見せてくれたそうです。
「今年ももうすぐお祭りです。でもあなたがいないお祭りは、何の風情もありません。」
そのハガキにはそう書かれていたそうです。
 
 「彼もフィリピンへ向かう船上で死んだが、その後その奥さんはどうしたことか(わからない)。」
 
 「家族にとって、どんなエラい人より、どんなに権力を持っている人よりも、自分の旦那さん、お兄さん、息子が一番大事な人なんだ。」

 
 新藤監督は語ります。
 
 「戦争というのはその家のお父さんとか、お兄さんとか、息子とか、家族にとって一番大事な人を軍人として持っていってしまうんだな。」
 
 「一度(ひとたび)召集が来たら従うしかない。それはわかっている。個というものが無いんだな。」
 
 「戦争に持っていかれた人間は鉄砲に当たれば死んでしまう。すると残された家族の人生も無くなってしまう。」
 
 「戦争をすると、そのように個が破壊される。個が破壊されると、そのバック(背後)にいる家族の人生も破壊されてしまう。戦争というのはそういうものなんだ。」

 
 だから戦争はしてはいけないんだ、そうおっしゃっていたように思います。

 
 新藤監督は95歳とは思えないほど、論理的かつ具体的お話されます。しかもざっくばらんな言葉で話されますので、非常によく理解できます。やはり表現者として長い道を歩いて来られた故かと推量しました。
 
 
 「今回は山本保博さんが監督を勤められていて、(新藤兼人)監督は証言者として出演していますが、どのような心境でそうなさったのですか?」
風さんからの質問に、引き続き新藤監督が答えます。
 
 「多くの映画は作り話を通して、何かを伝えるものだ。今までの僕は映画とそのような関わり方をしてきた。今回は僕が経験した事実を伝えたかったので、(シミとシワだらけのわが身を省みず)勇気を持って証言者として出演することにしたんだ。」
 
 「僕が監督をしたのでは、(自分の思い入れが入り過ぎて)真実かどうか疑われる。戦争経験の無い山本監督にやってもらったので、客観的なものになり僕が伝えたかった事実が表現できたと思う。」

 
 
 新藤監督は今回の映画で原作者・証言者であるとともに、脚本も担当されています。ここにこういうシーンを入れて、そこはこうしてという脚本は新藤監督の手によって成されたと思います。
 
 「僕は映像作家であって作家(文学者)ではないので、文章で上手く伝えることは出来ない。そのため今回の映画も真実を伝えるために、出来るだけそういうシーンを使ったつもりだ。」
 
 
 また
 
 「この映画はお金が無いので大きな映画館では上映できないんだ。プロデューサーはお金に苦労して大変なんだが、今日のようにこれだけ多くの人が入場してくれれば、少しは安心するんじゃないかな。」
 
と内部事情も披露されていました。
 
 
 予定よりも少しオーバーして、約30分間のトークショーが終りました。入場された時と同じく風さんが監督の肩を支えて、退室されました。トークの途中、私は涙がこみ上げて来て恥も忘れて泣いていました。
 
 伝え聞くところによると今日小泉某が靖国神社を参拝されたそうです。国会議員を辞した後、一個人としての参拝なら何も思いません。また、戦地には赴かず亡くなった多くの下級軍人や一般国民とその家族、すべての戦争犠牲者が靖国神社に祭られているなら、話は別です。30年もの先輩が語ったこの映画を、小泉前首相にもぜひ観ていただきたいと思います。
 
 
 「戦争をすると、個が破壊されてしまう。個が破壊されると、そのバックにいる家族の人生も破壊されてしまう。
 新藤兼人監督が“言っておきたかった”とおっしゃるこの言葉を、私も生きている限り忘れずにいたいと思います。
 
 
--- 関連情報 ---
(1) 新藤兼人監督95歳「言っておきたいことがある」 2007年08月13日 IT屋もりたの今時パソコン日記

投稿者 もりた : 2007年08月15日 21:39 このエントリーを含むはてなブックマーク この記事をクリップ!

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