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2007年07月26日

「宮内庁埼玉鴨場」見学会

 埼玉県越谷市大林にある宮内庁埼玉鴨場を見学しました。元荒川に沿った東京ドームが2つ半も入る広い敷地に、冬になると何千羽もの鴨が飛来するそうです。世間の喧騒から逃れ、静かな一時を過ごしました。
「宮内庁埼玉鴨場」正門
 埼玉県越谷市大林にある「宮内庁埼玉鴨場」正門前に集合しました。

 越谷市広報広聴課の“宮内庁埼玉鴨場 見学会”にハガキで応募したところ、2回目で当選し今回参加することが出来ました。午前9時50分に鴨場正門前に集合した参加者は30名位でした。越谷市広報広聴課の係りの方の先導で、門の中に入りました。注1:申すまでもありませんが、このような機会を除き、普段は立ち入り禁止です。また、場内での写真撮影は禁止です。)
 
 鴨場とは、狩猟(鴨猟)を目的として鴨を保護・養育する施設のことで、地元では昔から御猟場(ごりょうば)と呼ばれています。現在、宮内庁が管理している鴨場は、埼玉県越谷市にある埼玉鴨場と、千葉県市川市にある新浜鴨場の2ヶ所だそうです。宮内庁のホームページによると
“鴨場は,鴨の狩猟期間(11月中旬から翌年2月中旬)に,天皇陛下の思召しにより内外の賓客の接待の場として使用されています。”(宮内庁ホームページより引用)
ということです。
 
 説明をしていただいた埼玉鴨場・場長の関根さんによると、ここ越谷にある埼玉鴨場は明治41年に開設され、今年でちょうど100年だそうです。(以下、関根場長の説明)
 
 敷地面積は12万m2、池の面積は1万2千m2だそうです。
 
 (参考)
  ・マイタウン埼玉 宮内庁 埼玉鴨場(越谷市)(asahi.com)
  ・伝統を今に伝え、豊かな自然の残る宮内庁埼玉鴨場 - いきいき越谷19年6月放送分(越谷市公式ホームページ)

 
 先ずお話しいただいたのは、鴨の捕獲方法について。鴨の捕獲には、アヒルを‘おとり’として利用するそうです。板木(ばんぎ)という板を鳴らして、アヒルをおびき寄せます。餌を与える時、必ずこの板木を鳴らすことによって、板木の音を聞くと条件反射によってアヒルは餌にありつけると思い、集まってくるということです。
 「ガァーガァー」というアヒルの鳴き声に引き寄せられて、野生の鴨も少しずつ集まってくるそうです。
 
 場内には元溜(もとだまり)と呼ばれる大きな池と、引き堀(ひきぼり)と呼ばれる支流が17本あるそうです。捕獲の際は、先ほどの板木を鳴らして、アヒルとその後をついて来る鴨を引き堀に誘導します。そこで、引き堀の両側に5人くらいずつ(計10人)待機していた人が、叉手(さで)と呼ばれる網で鴨を捕獲するのだそうです。叉手は、竹製の大きな輪に、絹で編んだ網を付けて作られた網です。鴨を傷つけることなく捕獲するために作られたそうです。
 網を持って待機していた人たちが周りから引き堀に近付くと、鳥たちは急に飛び立ちますが、この時、アヒルだけが飛べないという能力の違いを利用して、鴨だけを捕獲できるのだそうです。叉手にしろ、鴨とアヒルの能力差にしろ、長年伝えられてきた人間の知恵の偉大さを、知りました。
 
 捕獲した鴨は食してしまうことは無く、すべて放鳥するそうです。その際、捕獲した時と場所を刻んだ標識(足環)を足に付けるそうです。ここで放した鴨がどこに行くか追跡調査するためだそうです。アメリカのカリフォルニア州(射殺されてしまった)や、ロシアのアムール川で見つかった例もあるそうです。山階(やましな)鳥類研究所がこの研究に当たっているそうです。
 
 なお、食事用には合鴨(アヒルとマガモの交配種)の料理が、内外の賓客を招待した際の昼食の時に給されるそうです。
 
 
 以上が関根場長のご説明でした。
 
 余談です(関根場長のお話ではありません)が、イメージキャラクター「ガーヤちゃん」でお馴染み(?)の「こしがや鴨ネギ鍋」もこの合鴨料理ですね。(未だ食べたことがありません。)
 (参考)
  ・「こしがや鴨ネギ鍋」を越谷市の地域ブランドに(越谷市商工会鴨ネギプロジェクト !!)
  ・越谷の鴨料理特集(越谷タウン情報サイト-越谷っ子-)

 
 
 この後、引き続き関根場長と係りの方に案内されて、場内を見学しました。

 
 先ず、引き堀を見学しました。引き堀の手前の板に空いた、直系1cm弱の“のぞき穴”から、中の様子を伺い見て、板木を叩きます。実際に、引き堀の両側に立たせていただきました。幅1mも無い(注2)幅2mの狭く、深い堀です。この深さのため、網を構えた人間が引き堀に接近する直前まで鴨に気付かれないのだそうです。
(注2) 引き堀の幅は、2mあるそうです。上記、越谷市ホームページ いきいき越谷19年6月放送分のビデオを見て、誤りと認識しました。(2007年7月27日 訂正)
 続いて、元溜と呼ばれる池を、こちらは板の隙間から覗き見ました。広く大きな池に、今は季節はずれのため、それほど多くはない数の鴨が泳いでいました。
 
 場内にはたくさんの竹が植えられています。係りの人のお話によると、アヒルや鴨に対して人の気配を消すためだそうです。野生の鴨は、人の姿や話し声に敏感で、すぐ飛び立って逃げてしまうそうです。
 
 
 その後、賓客の接待の際、鴨の捕獲、放鳥の後、午餐が催される食堂を案内していただきました。この食堂は関東大震災にも耐えて残った建物だそうです。この建物には四方の壁一面に、たくさんの鹿の角が飾られています。これは、四国・宇和島出身の伊達家の屋敷にあったものを、昭和20年3月の東京大空襲の時、ここに疎開させたものだそうです。その後、昭和20年5月に東京の屋敷が消失してしまったため、そのままここに置かれて今に至っているとのことです。ガラス戸のガラスも明治時代そのままだそうです。時代の重みを感じます!
 
 
 最後に場内で飼育されているアヒルと合鴨の小屋に案内されました。空気中に舞う、鳥たちから抜けた羽で息が出来ないほどでした。しかし、元気な鳥の姿を見ていて、こちらも元気をもらいました。
 
 
 約1時間半の見学が終了し、解散となりました。この鴨場は宮内庁の管轄ですが、越谷に住んでいたお陰で今日こうして見ることが出来ました。案内していただいた関根場長をはじめ宮内庁職員の方々、越谷市広報広聴課の方々にも感謝したいと思います。もっと多くの越谷市民の人々に知っていただくために、これからも尽力していただけることを希望します。
昔の日光街道から見た「宮内庁埼玉鴨場」正門
 昔の日光街道(注3)から、鴨場正門を見たところです。つい最近(この見学会)まで、ここに正門があることを知りませんでした。いつものことながら、この歳まで生きていても地元のことでさえ、知らないことはたくさんあるということを、再認識させられました。
 
(注3) 「主要地方道 足立 越谷線」を旧・日光街道と呼びますが、その西側を並行して走る街道が、江戸時代の日光街道です。現在は、「県道 大野島 越谷線」が正式名称だそうです。

 
 場内に咲いていたピンクの蓮の花が、いつまでも目の裏に残っています。

投稿者 もりた : 2007年07月26日 23:57 このエントリーを含むはてなブックマーク この記事をクリップ!

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