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2007年06月24日

映像で見る「懐かしの越谷」

 今日は、NPO法人越谷市郷土研究会(注1)の総会が、越谷産業会館(商工会)で行なわれました。午前中は総会、午後は当NPO法人主催の“映像で見る「懐かしの越谷」”上映会が催されました。
(注1) 上記のリンク(ホームページ)は、NPO法人越谷市郷土研究会の公式ホームページではありません。同NPO法人の会員(理事)である原田民自氏の個人ホームページです。
 
 
■ 総会
  
 昨年10月、今年2月の史跡めぐりに臨時で参加させていただきましたが、この4月から年会費をお支払し、正式に会員に入れさせていただきました。初めての総会に、勉強のため出席させていただきました。
 株式会社等の株主総会と同じ様な流れで、議事が進行されました。
  ・会議の有効性を確認するため、出席者および委任状の数の確認
  ・議長選出
の後、
  ・昨年度(平成18年度)の事業、会計収支決算、監査
の結果が報告されました。
 続いて
  ・今年度(平成19年度)の事業計画(案)、会計収支予算(案)
が提案され、それぞれ承認・決定されました。
 
 さらに、理事及び監事の選任に移りました。当NPO法人では、理事および監事の任期が2年と規定されており、今年が改選の年に当たるということです。候補者として挙げられた理事26名、監事2名の方が、選任されました。選任後開かれた理事会において、宮川進会長が引き続き会長に選ばれました。
 
 総会の議案は以上だったのですが、最後に報告事項として
  ・顧問規定の改正
  ・高崎 力先生に、常任顧問を委嘱したこと
などが報告されました。
 
 
■ 映像で見る「懐かしの越谷」 上映会
 
 午後は、“映像で見る「懐かしの越谷」”上映会が催されました。当NPO法人(郷土研究会)会員以外の市民の方も参加され、越谷産業会館の1階会議室は、100名を超える方で一杯になりました。
 
 上映された映像は、越谷市が昭和46年、48年の2回にわたり制作した、市のPRビデオだったそうです。上映に至ったきっかけは、当NPO法人の理事である原田民自さんが、当時の新聞の記事から、越谷市のPRビデオの存在を知ったことが、始まりだそうです。その後、ビデオの原板を市から借りて、リメイクしてDVD化する作業も、原田さんが行なっていただいた、ということです。なお、原田さんは、ご自身の個人ホームページの中で、弥十郎のはなしや越谷市郷土研究会、ほか越谷に関する様々な話題を、掲載されています。
  弥十郎のはなし
 
 
 午後1時30分に上映会が始まりました。先ほどご紹介した当NPO法人の常任顧問である高崎 力先生が、映像の解説をされました。
 高崎 力先生は、越谷市および埼玉県内の小・中学校で教師を務められました。その傍ら、見田方遺跡の発掘・研究、越谷市史編纂(へんさん)事業など、越谷の歴史研究に携わって来られたと、お聞きしています。最近では、地元出身“日本一の力持ち”三ノ宮卯之助の研究にも、力を注がれていらっしゃいます。
 実は、高崎先生は、私が生まれ育った、越谷市内桜井地区“大泊”のご出身です。昭和44、45年頃は、越谷市立北中学校で教鞭を執っておられ、当時私は、北中学校の1、2年生でした。先生が担当されていた学年とは異なるため、授業を直接お受けしたことはありませんが、今日帰宅して当時の写真を引っ張り出してみたところ、中学2年の林間学校の時、飯盒炊爨(はんごうすいさん)の後、一緒におにぎりを食べている写真が出てきました。本日、会場でご挨拶させていただきました。私の両親より3つ4つ歳上でいらっしゃるかと思いますが、お元気な姿を拝見し、これからもご指導していただきたいと思いました。本日も、わかりにくい映像に、適切なコメントをつけていただきました。
  
 原田さん自ら、スクリーンへの映写のセットをされ、いよいよ上映が始まりました。

 
 まず、昭和46年のビデオ。昭和29年に町村合併が始まり、昭和33年11月に越谷市となった時の人口は、4万8千人。このビデオが制作された、昭和46年6月時点では、15万人。13年間で、3倍以上という、急激な人口増加が引き起こす、様々な問題と、その対処が、映像の随所に現れていました。
  ・学校・保育所などの不足
  ・ゴミ、工場の排水、光化学スモッグなど環境問題
  ・交通事故の増加
などです。
 
 印象的なものの1つに、ゴミ出しの様子を写したシーンがあります。ポリバケツなどに集めたゴミを、運搬車まで主婦のみなさんが運んでいたことです。ゴミを決められた場所に集めることまでは、現在と同じですが、このように、当時は市民自らが、ゴミ処分の仕事に協力していたことは初めて知りました。
 
 昭和46年、環境庁(現在は、環境省)が出来たことは知っています。環境問題が、最近始まったことではなく、大問題であることは、当時中学3年生だった私ですが、重要性を認識していましたし、その後ずーっと忘れたことはありません。その後、問題が地球温暖化に拡大してきましたが、36年経った今も、ほとんど同じ事が叫ばれていることに、あらためて考えさせられます。現在のような異常気象や、二酸化炭素問題という具体的なイメージまでは、湧きませんでしたが、なんとなくいやな感じ、重要性、危機感は当時(36年前)と現在との間で、ほとんど変化していません!私と同年代、私より上の年代でそのように感じている方は、少なくないのではないかと思います。
 当時感じていたのは、翌年発足した田中角栄内閣による、日本列島改造計画に対する危機感です。田や畑や、川、木、森を無くして、人工の建築物に変えてしまうことに、自然環境と子供(私より年下、10歳より下の物心付く過程)の人間形成という2つの点で、引っ掛かっていました。(当時は、自分の中でも、このような言葉として意識していたわけではありませんが、現在振り返ってみると、この2点がいやだったのだと思います。)
 
 
 2本目の映像は、昭和48年制作のビデオ。サブタイトルは「水と緑と太陽のまち」だそうです。冒頭に次のシーンが、立て続けに出てきます。
  ・こいのぼり (昔は越谷でもこいのぼりを生産していたそうです。・・・高崎先生の解説)
  ・大相模の田植え
  ・水車(足で漕ぐ)
  ・下間久里の獅子舞 (注:現在でも行なわれています。7月15日、市内下間久里地区で)
  ・北川崎の虫追い
  ・復活した花火大会 (参考: こしがやiiネット イベントカレンダー
  ・藤助河岸 (注:今年5月の当NPO法人越谷市郷土研究会の史跡めぐりで、廻りました。)
  ・わらぼっち(稲刈りの後、木に藁(わら)をしばって、乾燥させた)
  ・武蔵野線の電車車両(中央線のお古(オレンジ色の車体)をもらって運行していた)
 
 主に、昔のよかった思い出を表現しています。
 
 映像の中で、次に映し出されていたのは、18万人都市となった、越谷の変貌ぶりです。工場排水による汚染により、元荒川に浮かんだ魚の死骸の映像。高崎先生のコメントによると、昼間工場からの排水を目にすることはほとんど無く、夜流される、そのため明け方になると川が工場からの汚水で一杯になる、ということでした。
 また、光化学スモッグの映像も映し出されました。
 
 これも高崎先生によると、越谷市では、全予算の3分の1を教育に充てていたということです。北越谷小学校の引越映像が印象的でした。小学校の生徒自身が、荷物を持って引越している風景が映し出されていました。今では考えられない光景です。当時の生徒さんは、大変だったと思いますが、むしろよい思い出ではないでしょうか。そうあって欲しいと思います。
 
 
 2本のビデオともに、当時の市長さんの映像が最後の方に映っていました。第2代・島村平市郎市長と第3代・黒田重晴市長です。
 
 2本目のビデオの最後に、黒田市長の
 「多くの方が、自然環境を求めてこの越谷に移り住んで来る。越谷に自然が無くなったら、この郊外に来た意味が無くなってしまう。」
というコメントが紹介されていました。コメントに続き、越谷市立桜井小学校での、シラコバトの放鳥の様子が映し出されていました。わが、母校です。シラコバトは、日本国内では越谷市など、一部の地域でのみ生息していますが、越谷市の中でも桜井地区がその中心です。(少し自慢)私の子供の頃も、近所で飼っている人が多くいました。
 
 
 上映後、高崎先生から次のコメントが付け加えられました。
 
 このビデオを見た人(これから越谷市に移り住もうと考える人)には、“越谷は公害の街”と思われてしまう。このビデオは、越谷市をPRするビデオであると同時に、越谷市民に対する啓蒙のためのビデオでもある。(注:人口増加に起因する、ゴミ問題をはじめとした諸問題を、越谷市民に気付いてもらい、自ら解決への作業に参加してもらえるように、というメッセージを込めたビデオである。)
 
 
 繰り返しになりますが、私自身の環境問題に対する危機感が、36年前とほとんど変わっていないことに、気付きました。危機感は変わらず、現実だけが36年分、進行しています。自己嫌悪に陥ることなく、危機感を失わなかったことだけでもよしとしなければならないと思います。自らは既に少しではありますが、行動していると思いますが、今後は周りの人に働きかけることが重要と考えます。環境問題に敏感な人を増やす、というよりも、環境問題に鈍感な人を敏感な人に変えることに注力することが、私にとって重要なテーマの1つであることに、本日のビデオを見て、気付かされました。
 
 
 越谷タウン情報サイト「越谷っ子」代表 坂本留美さんも、この上映会について感想を書かれています。(2007年6月26日 追記)
  ・これまでの越谷、これからの越谷(越谷タウン情報サイト「越谷っ子」~さかもとるみ~つれづれ日記)

 
 
--- 関連情報 ---
(1) 「我が家の環境大臣 エコファミリー」 2006年10月10日 IT屋もりたの今時パソコン日記
(2) 江戸情緒の佃島と文明開化の築地を訪ねる-越谷市郷土研究会・第369回史跡めぐりに参加して(1) 2007年06月12日 IT屋もりたの今時パソコン日記

投稿者 もりた : 2007年06月24日 23:59 このエントリーを含むはてなブックマーク この記事をクリップ!

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