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2007年04月15日
京都への旅
昨日と今日の2日間、京都へ旅行しました。昨年もこのブログに掲載した
男6人の個人旅行です。かれこれ20年以上続く年間行事です。
今年は昨年(神戸・淡路島)に続く、関西方面への旅と
なりました。
私たち世代(昭和40年代に中高生)で関東在住の場合、
修学旅行先は京都・奈良が定番でしたが、私は中学3年生の時、
鼻の手術をしていたため、参加できませんでした。
したがって京都を旅するのは意外と少なく、今回が3回目でした。
過去2回に訪れた所は、苔寺(西芳寺)、万福寺、龍安寺、
太秦の東映映画村と非常に少なかったと記憶しています。
どちらかと言えば奈良の方が好きで、京都は俗なイメージを
持っていました。
今回も1泊2日と短い日程でしたが、次のところを見て廻りました。
清水寺
三十三間堂
嵐山(渡月橋)
奥嵯峨(竹林 および 大河内山荘)
仁和寺
龍安寺
金閣寺
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龍安寺以外は、今回初めて訪れました。龍安寺も来たことがない
と思っていましたが、靴を脱いで方丈(本堂)に上がる時に
以前ここに来たことを思い出しました。
なかでも、三十三間堂は衝撃的でした!中央の中尊を中心に
左右500体、合計1001体の千手観音が安置されています。
当然のことながら現在のように機械で同じものが作れるハズ
はなく、1体1体手で彫ったわけで、彫刻師をさがすだけでも
困難を極めたであろうことが想像されます。
建長年間の作ということですので、約750年前になります。当時の
人口は現在の10分の1もいなかったでしょう。経験豊かな職人のみを
揃えることは難しく、なかにはこの仕事に就いて日の浅い若者も
いたはずです。
それでも出来の悪い本尊は1体もないことに驚きます。
私は洋の東西を問わず古代(数千年前)から中世(4~5百年前)の
人々の創造物(建築、書、彫刻、詩、歌など)を見聞きする時、
いつも感じることがあります。
現在の数百分の一ないし数十分の一の人口の時代に、
どの作品も人間の感性そのままの素晴らしい出来栄え
であること、当時はどの人も現在で言えば芸術家のみ
に与えられた才能を持ち合わせていたのか、と
疑問を持ちます。
高松塚古墳、法隆寺や薬師寺、万葉集、源氏物語や枕草子、
そして今回初めて見た三十三間堂の1001体の千手観音など、
製作に携わった1人1人が確実に力を出し切っています。
仕事のみならず、一瞬一瞬を全力で生きていた、ということ
なのでしょうか?
わが身を省みる時、かつての人々の何十分の一も
パフォーマンスを発揮していないことを、痛感します。
今回の旅行、特に初めて見た三十三間堂の千手観音と
約35年ぶり(中学の修学旅行の前年、大阪万博の時以来)
に訪れた龍安寺の石庭は、“京都も侮れない”という
意識を私の心に植え付けました。
--- 関連情報 ---
(1) 神戸・淡路島 個人旅行 2006年6月11日 IT屋もりたの今時パソコン日記
(2) 震災の記憶 2006年6月12日 IT屋もりたの今時パソコン日記
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