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2006年10月01日
「打撃の神髄-榎本喜八伝」
先日ご紹介した「打撃の神髄-榎本喜八伝 松井 浩(著) 講談社」
という本を読み終わりました。
■ 合気打法
榎本選手の打法は「合気打法」と紹介されることが多いようです。
それは入団5年目(23歳)のシーズンオフ、同じチームの先輩である
荒川博選手に連れられて、合気道の道場に通ったからです。
合気道をバッティングに応用し、昭和35年の首位打者(打率 3割4分4厘)
タイトル獲得という結果になって表れたのだそうです。
■ 臍下丹田(せいかたんでん)
荒川選手(コーチ)に連れられて榎本選手が通った道場は、
植芝盛平(うえしばもりへい)という日本の合気道の創始者の
道場だそうです。
そこで榎本選手は藤平(とうへい)光一という合気道の先生から
「臍下丹田」に気をしずめる(意識を集中する)という合気道の
基本を教わります。
「臍下丹田」とは中国の古典に出てくる3つの「丹田」の1つ
だそうです。額(上丹田)、胸(中丹田)、下腹部(下丹田)を
いい、「上丹田」に気持ちが集中すれば頭の働きが冴え、
「中丹田」に気持ちが集中されれば元気が出て、「下丹田」に
気持ちが集中すると、気持ちがどっしりと落ち着いてくる、
ということです。
「下丹田」が「臍(へそ)」の下の一点を指すので、日本では
「臍下丹田」と呼ばれるようになった、ということです。
--- 以上、「打撃の神髄-榎本喜八伝」より引用 ---
■ 『技』、『術』、『芸』、『道』
「臍下丹田」に意識を集中し、体中のムダな力を脱し、バットの
重みを素直に感じるようになった結果、回転するどいあの美しい
バッティングフォームが生まれたようです。しかも、張本選手や
イチロー選手のような単なるアベレージ(高打率)バッターではなく
榎本選手の打球は、弾丸ライナーが多かったようです。
張本選手やイチロー選手よりも、川上哲治選手(巨人9連覇の監督)
や王貞治選手(現ソフトバンク監督)に近かったのかもしれません。
昭和37年「榎本選手を育てたようにうちの王選手を育ててくれ」と
言われ、荒川博氏が川上監督から巨人軍のコーチ就任を要請され
その後一本足打法を完成させたことは有名です。
荒川氏の言葉として、次の文が紹介されています。
「お客さんを喜ばせるプレーが初めて芸の域に達したプレーなんだね。
芸とは、人を楽しませるもんだよ。先ず『技』があって、その上に
『術』がある。だから『技術』というんだ。『芸』はその上なんだよ。
『芸』の域に達したプロ野球選手には、川上さんや藤村(富美男)さん。
長嶋、王、金田(正一)もそうだ。で『芸』の上が『道』を極めるだ。
野球でそれに挑戦したのが榎本なんだよ。僕の弟子では確かに残した
記録では王が上だが、到達したバッティングの境地でいえば、
榎本の方が上だったね。」
--- 以上、「打撃の神髄-榎本喜八伝」より引用 ---
■ ものごとの本質
この本を読み終えた現在でも、私が知っている榎本選手のバッティング
フォームは、僅かな写真だけです。
1つは約30年前に神田・御茶ノ水の本屋で見た写真集に掲載されていた
インパクトの瞬間の写真の記憶、2つめはmixiのコミュニティ「榎本喜八」
に使用されている写真、もう1つがこの本の表紙の写真です。
わずかな写真だけからも、何かが伝わってくるということから
榎本選手の到達した境地の高さが伺われます。
榎本選手の「ものごと(バッティング)の本質」を究めたいという
強い気持ちが、写真を通して伝わってきたからではないか、と思います。
振り返って現在の野球を見るにつけ、イチロー選手など一部の選手
を除き大物がいなくなった、と感じます。記録や成績だけをみれば
そこそこの選手がほとんどのように思います。その理由の1つが
この「ものごとの本質」を知りたい、究めたいという気持ちの強さ
の欠如ではないか、と思います。
--- 関連情報 ---
(1) 「打撃の神髄―榎本喜八伝 松井 浩(著) 講談社」
(2) 榎本喜八 2006年9月23日 IT屋もりたの今時パソコン日記
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